私は幼稚園生の頃、当時もう百歳近かったひいお婆ちゃんと一緒に暮らしていました。
両親は仕事、祖父母も少し離れた畑で農作業。6つ上の姉は小学校に通っていたので、昼過ぎに幼稚園から戻ると夕方まではひいお婆ちゃんと2人きりでした。
ひいお婆ちゃんは足腰は達者、コミュニケーションにも問題ありませんでしたが、もの忘れだけがひどく、田舎の無駄に広い家の中でトイレの場所が分からなくなってはウロウロウロウロ。
なのでその度に「そっちじゃないよ」と声をかけてあげるのが、幼い私の役割でした。
いつも穏やかで優しく、「内緒だよ」と言いながら何かとお菓子をくれたひいお婆ちゃん。
しかし私が年長さんになった冬の朝、朝ごはんに来ないのを心配して見に行くと、ひいお婆ちゃんは仏壇の前に座ったまま、眠るように亡くなっていました。
突然のお別れから慌ただしく葬儀が行われ、初七日だの四十九日だのと忙しくしているうちに、あっという間に時間が過ぎ、悲しみが薄れる頃には私は小学生になっていました。
幼稚園に行っている間は、私が寂しいだろうと祖母が畑仕事を早めに切り上げてきてくれましたが、小学生になった今は姉が塾から帰ってくる夕方まで一人でお留守番です。
居間の卓袱台でテレビをつけたまま、ダラダラと宿題。
そして丁度相撲中継が始まる頃、私は家の中で足音がすることに気が付きました。
「おばあちゃん?」と声を掛けましたが返事はありません。
息を止めて耳を澄ませていると、それは久しぶりに聞く、ひいおばあちゃんの足音でした。
怖い反面、また迷っているんだと思った私は、「そっちじゃないよ!」と叫んでみました。
すると足音は向きを変え、トイレの方へ消えていったので、ああやっぱりひいおばあちゃんだったのかと、私は胸を撫でおろしました。