自分は、店長を殺しました。
あれは確か、ちょうどきょうみたいな土曜日の寒い夜のことです。
締め作業をしている店長の口を後ろから手でふさいで、厨房にあった包丁で首を思いきり真横に切り開いてやりました。
頸動脈と言うのでしょうか、左側の太い血管が切れたみたいで。勢いよく血が出ました。
店長のことはずっとクズだと思っていましたが、何で自分が急に店長を殺してしまったのかは正直言って自分にもよくわかりません。
お世辞にも尊敬できる人物ではありませんでしたが、べつに殺すほど憎いということもなければ、借金とかそういう弱みもべつにありませんでした。ただ、何となく、気づいたら、殺していたんです。
映画みたいに、首を切られたら血がドバっと出てすぐに死ぬだろうと漠然と思っていたんですが、人間って意外になかなか死なないものですね。
こちらを振り向いた店長は、大きく開いている喉のところを、「信じられない」とでも言いたげなぽかんとした表情で自分の方を見ながら、やたらにまばたきをして掻きむしっていました。もう助かるわけないのにね。口をぱくぱくしていました。
いま思えば、「どうして…?」と言っていたような気もします。
でも、声の代わりに、ぼこっていう妙な音がして血がいっぱいそこから出てくるんです。
ごぼごぼごぼって、まるで誰も来ない公園の隅にある錆びついた水道にしばらくぶりに水を流したみたいな嫌な音がして。
ひとが水に顔をつけられて溺れているような、ごぼごぼごぼごぼっという音が出ていました。
あれはたぶん、本当に自分の血で溺れていたんじゃないでしょうか。
店長はそのまま床に崩れ落ちて、しばらくすると、表情がなくなって、いつもよりもだらしないひどい顔になって、白目をむいていました。
手足もしばらくびくびくと動いていましたが、それもそのうち止まりました。ああ、死んだな、と思いました。